チベット学会報第3号[平成28年(2016年)]

チベット学会報第3号[平成28年(2016年)]

Pp.1-10.

中国青海省A県のチベット族における教育の充実と連携の形成
上原周子

1.はじめに
 本稿では、中国青海省A県のチベット族における教育の充実と連携の形成に関する調査結果を報告、分析し、教育を充実させるためにチベット族が現在、どのような連携を形成しているのかを明らかにする。
 A県は校舎の老朽化や教師の不足など、教育上の問題を多数抱えている1)。A県のチベット族にとっては、なかでも2つの大きな問題が指摘される。第1に、チベット語教育の問題である。元来、A県の中心的な民族はチベット族であったが、清代以降、他民族の人口が増大し、チベット族を上回った(陈主編 2004:382-383、A県地方志編纂委員会編 1993:656)。それゆえ、現在、チベット族はA県の自治権を握る立場にはない。公の教育機関でもチベット語教育は満足に行われず、中学校に至ってはチベット語の授業をカリキュラムに取り入れること自体がA県では許可されていない(上原 2014:2)。また、2010年に公布された「青海省中长期教育改革和发展规划纲要(2010−2020年) 」2)により、2015年までに中国語での教育を主軸とする方針が決定し、これまでチベット語で教育を行ってきた地域での混乱を引き起こしている(三橋 2011:337-338)。2011年末には、小学校から大学までにおけるチベット語授業の停止を省政府が通達し、それに対して省内各地のチベット族が反発するという事態も起きた(上原 2014:1)。このように青海省では、現在、公の教育機関におけるチベット語教育の実施が難しくなりつつある。こうした状況下でA県のチベット族は、チベット語のみならず、それに伴う伝統文化やチベット族そのものの存続を危惧している(上原 2014:2-3)。この問題は、チベット族のほか、他民族も多く居住するA県の西部地域でとくに顕著である。
 第2の問題は、教育設備の不足である。現在、チベット族以外の民族がA県の自治権を握っているため、他民族の集落に比べると、チベット族の集落ではインフラの整備が後回しにされることが多い。小学校の設置もその1つである。基本的にA県では集落ごとに小学校が設置されているが、チベット族の集落では設置されていないことも多い。その場合、近隣集落の小学校まで通わなければならないが、集落が密集していない地域では集落間の距離が大きく離れていることもあり、毎日登校する子供たちにとって大きな負担となっている。この問題は、他民族の居住が少ないA県の東部地域でとくに顕著である。
 こうした問題を少しでも改善して教育を充実させようと、近年、A県のチベット族は多様な人々との連携を積極的に形成し、様々な協力や支援を得るようになった。その結果、徐々にではあるが事態の好転がはかられている。とくに、西部地域ではチベット語授業の不足を補うべく、公の教育機関の夏冬における長期休暇を利用したチベット語塾の実施が拡がりを見せている。フィールドワークでは、こうしたA県のチベット族による連携の形成に着目し、その具体的な内容を明らかにすることを試みた。
本稿では、西部地域の4集落、および東部地域の3集落における調査結果の報告を行い、各地域における連携形成の特徴をそれぞれ明らかにする。これらの結果をふまえて、A県のチベット族における教育の充実と連携の形成について分析する。フィールドワークは2012年1月、8月、12月、および2013年7月から8月にかけて断続的に行われた。調査方法は、聞き書きおよび直接観察である。なお、調査に用いた主な言語はチベット語と日本語である。

2.結果
2−1.A県西部地域
 ここでは、A県西部地域の4集落で行った調査結果を報告する。前述のとおり、公の教育機関の夏冬の長期休暇を利用してチベット語塾を開講することが、近年、西部地域では拡がりを見せている。調査では、その塾の開講と運営に関わる連携形成を中心に、聞き書きや直接観察を行った。さらに、開講するにあたり負担が大きいと考えられる運営資金の調達に関する連携形成、および教育設備の拡充についても調査を行った。

(1) B集落
 B集落はチベット族のみが居住する集落である。2011年より塾を開講し、子供たちにチベット語を教えている。塾には、本集落に居住する約60名の子供たちが参加する(2012年8月調査当時)。子供たちの年齢は7歳から15歳までであり、初級と中級にクラスを分けて授業を実施している。初級は小学校1、2年生程度、中級は小学校3年生以上のレベルである。塾の運営は本集落に居住する在家僧侶が尽力しているが、集落には運営資金が不足している。そこで、塾の講師を招請する際は、I寺の僧侶に依頼するのが通例となっている。I寺は本集落と同様、A県西部地域にあるチベット仏教寺院である。I寺の僧侶が依頼を受けて上級の僧侶にその内容を伝えると、上級の僧侶は青海省のN大学に連絡をする。N大学には農村の子供たちにチベット語を教えるボランティアサークルがあり、そのサークルから本集落にチベット族の大学生が講師として派遣されることになっている。塾の開講期間は約3週間であるが、その間、講師は本集落に滞在することになっており、生活に必要な食事、宿泊場所等は集落内で提供される。しかし、講師への交通費や謝金など、他の費用は集落で負担していない。
 さらに、I寺での調査によると、2011年の冬期休暇以降は省政府が講師への謝金として1人1000元を支給するようになったが、それ以前はI寺が支給していたとのことであった。これはB集落だけではなく、I寺を介して講師を招請する全ての集落で同様であったという。また、その資金の多くは寄付によるものであり、I寺の僧侶たちによる寄付はもちろんのこと、チベット族が経営する企業からの寄付のほか、台湾の漢族による寄付も含まれていた。なお、台湾の漢族が寄付をする理由については、チベット仏教の信者である、または寄付による所得税控除3)を目的とする等、いくつかの可能性が考えられる。

(2) C集落
 C集落はチベット族と漢族が同居する集落であり、漢族よりチベット族の人口が多い。2010年より塾を開講し、子供たちにチベット語を教えている。塾には、本集落に居住する38名の子供たちが参加する(2012年8月調査当時)。子供たちの年齢は7歳から15歳までであり、高校生の参加者はいない。開講の契機はI寺の僧侶に勧められたことによる。塾の講師には、その僧侶を通じてN大学のチベット族の学生が招請される。塾の開講期間中、講師の食事や宿泊場所は集落内で提供される。食事は一軒ずつ順番に用意をすることになっている。講師への交通費や謝金は、集落では負担していない。また、集落にある小学校は現在(2012年8月調査当時)修築中であるが、元の校舎はフランスから資金援助を受けて建てられたものであり、その経緯は次の通りである。10年以上前、同郷出身の知人が青海省教育庁に勤めており、小学校の建設をその知人に依頼した。すると、知人は青海省にある語学学校の英語教師を紹介してくれた。それが契機となり、教師の出身国であるフランスから小学校建設のための資金援助を受けることとなった。

(3) D集落
 D集落はチベット族と漢族が同居する集落であり、漢族よりチベット族の人口が多い。2007年頃より塾を開講し、チベット語を教えている。塾には、本集落と隣集落に居住する総勢約90名の子供たちが参加する(2012年1月調査当時)。塾の運営には本集落在住のチベット族であるS氏が尽力しており、塾の開講1年目はS氏の親族に講師を依頼して自宅で授業を実施した。しかし、開講2年目以降は西部地域にあるJ寺というチベット仏教寺院の僧侶に依頼をかけて、講師を招請するのが通例となっている。S氏から依頼を受けたJ寺の僧侶はN大学の知人に連絡をし、その後、N大学のチベット族の学生が講師として派遣される。最近ではS氏が直接N大学に連絡をし、J寺の僧侶も含めて講師に適任と思われる学生の選抜を行い、招請している。塾の開講期間は約3週間であり、その間の食事や宿泊先はS氏が提供するが、講師の招請にかかる費用や謝金は全てJ寺の僧侶が負担しており、本集落では一切負担していない。
 さらに、J寺の近隣集落での調査によると、J寺の資金は豊富であり、それは富裕層に属する北京の人々とのつながりを持つためとのことであった。その人々はチベット族ではなく中国人であり、両者の交流はインターネットのサイトが契機となった。J寺からの金銭的な支援により大学進学を果たしたチベット族が、J寺への感謝の言葉をそのサイトに投稿した。そして、偶然、それを閲覧した北京の人々がJ寺と交流するようになり、J寺を通じてチベット族の貧困学生への資金援助を始めたという。なお、北京の人々はJ寺の僧侶との交流を通じてチベット仏教を信仰し、良いことをすると自分にとって良いことがおこると信じるようになり、それがまた資金援助を続ける動機にもなっているという。

(4) E集落
 E集落はチベット族のみの集落である。2009年より塾を開講し、チベット語を教えている。塾には、本集落に居住する約40名の子供たちが参加する(2013年8月調査当時)。子供たちは小学生と中学生であり、高校生の参加者はいない。本集落には小学校があるが、チベット語の授業は実施されていない。塾を開講するようになったのは、J寺の僧侶により勧められたことによる。塾の講師もまた、J寺の僧侶を通じてN大学のチベット族の学生を招請するのが通例となっている。

2−2.A県東部地域
 ここでは、A県東部地域の3集落で行った調査の結果を報告する。西部地域と同様、東部地域でも公の教育機関の夏冬の長期休暇を利用した塾が開講されている。また、集落の外部から支援を受けて、小学校建設などの教育設備を拡充する動きが活発に見られる。そこで、調査では、塾の運営に関する連携形成のほか、教育設備の拡充のための連携形成にも着目した。

(1) F集落
 F集落はチベット族のみの集落である。10年ほど前から塾を開講し、子供たちにチベット語、英語、数学などを教えている。塾に参加する子供たちは約120名であり(2012年8月調査当時)、その年齢は、7歳から18歳までと幅広い。2008年に小学校が建てられる以前は塾を開講する場所がなかったので、一軒ずつ順番に講師たちが回り、そこに子供たちを集めて教えていたが、現在は集落内の小学校を利用している。塾の講師は、青海省内の大学に通う学生であり、省内の様々なチベット仏教寺院に出家した本集落出身の僧侶たちが紹介する。特定の大学の学生が招請されるということはなく、N大学の学生もいればQ大学の学生もいる。また、本集落出身ではないが同じ東部地域にあるチベット仏教寺院のK寺の僧侶や、個人的な知人や親せきの大学生に依頼することもある。
 教える教科はチベット語だけではないため、漢族の大学生も招請する。チベット語チベット族の学生が担当するが、それ以外の教科は漢族の学生が担当する。漢族の学生たちのなかには、僧侶による紹介のほか、ホームページに掲載したボランティア講師募集の記事を見て、志願してくる者もいる。そのホームページは、青海省内の大学に進学した本集落出身の大学生たちが作成したものである。最近では、四川省にあるO大学の教育支援サークルに属する学生たちが募集の記事を見て、塾の講師として来る。その学生たちは漢族であり、出身は吉林省河南省、河北省など様々である。これらの大学生が講師として来る理由の一つとして、近年、中国では貧困地域の子供たちに、大学生がボランティアで勉強を教えに行くことが積極的に行われていることが考えられる4)。
 彼らは英語や数学などの講師を務めるほか、バスケットボールのゴールポストなどの遊具も提供してくれた。また、その学生たちが本集落の状況をO大学の教師に伝えたことが契機となり、教育設備拡充のための支援金がその教師から毎年届くようになった。講師の食事や宿泊先は集落で提供するが、講師の人数が多いと食費などが余分にかかるので、基本的に4名しか招請しない。講師への交通費や謝金は、集落では負担していない。しかし、学生たちに交通費を渡そうとすると「もらっています」と全員が答えるため、講師を紹介してくれた僧侶やチベット仏教寺院が負担しているのかもしれないとのことであった。
 また、前述の小学校建築の際、講師募集の記事と同じようにホームページを通じて資金援助を要請したところ、江蘇省にある漢族の法律事務所が支援を申し出て、現在の小学校が完成した。校舎の壁には法律事務所の名前のほか、中国のキリスト教系財団の名前が記された看板が掲げられている。集落の人々によると、財団のことはよく知らないが、法律事務所と関係がある団体なのではないかということであった。

(2) G集落
 G集落はチベット族のみの集落である。夏冬の長期休暇を利用して塾が開講されているが、塾で教える教科は中国語、数学、歴史、絵画などであり、チベット語の授業は実施されていない。その理由は、本集落はチベット族が多く居住する地域にあり、集落内の小学校で毎日1、2時間のチベット語授業が行われていることによる。なお、塾におけるチベット語以外の教科の授業は、後述するように、社会的上昇手段としての教育の必要性によるものである。
 集落では、2012年まではK寺の僧侶や陝西省にあるL寺の僧侶のつながりを通じて、甘粛省にあるP大学の学生たちを塾の講師に招請していた。講師への謝金は、K寺、L寺の僧侶たちにより負担されていた。しかし、2013年以降は中国の非営利組織が運営するインターネットサイトを通じて、中国各地からボランティアの講師を募集するようになった。ちなみに、2013年の夏期休暇に開講された塾の講師は全員漢族の大学生たちであり、出身は四川省甘粛省広東省江蘇省と様々であった。
 サイトに掲載される募集記事は、G愛心公益社創設の中心人物である本集落出身の若者が投稿している。G 愛心公益社とは本集落の教育環境を支援するために設立された団体であり、校舎の改修、椅子や机などの設備の拡充、子供たちの衣服や靴の供給などの支援を行っている。また、本集落の小学校はR財団からの資金援助を受け、2003年に建てられたものである。校舎の壁には、R財団の支援により小学校が完成したことが記された看板が掲げられている。R財団が本集落を支援したのは、集落内に小学校がないことに加え、交通の不便な場所にあることが理由であったという。ちなみに、R財団はアメリカ合衆国に本部を置く団体であり、2001年頃からA県の教育や衛生、貧困を援助するプロジェクトを行っている。G集落以外にもその援助を受けたという集落がA県にはいくつかある5)。

(3) H集落
 H集落はチベット族回族の集落であり、回族よりチベット族の人口が多い。本集落を含めた5集落のチベット族が合同で、2008年より公の教育機関の夏冬の長期休暇を利用して塾を開講している。なお、本集落以外はすべてチベット族のみの集落である。開講場所には、5集落の子供たちが共同で学ぶ小中一貫校の校舎が用いられる。参加人数は約120名であり(2013年7月調査当時)、小学校1年生から中学校3年生までである。参加人数が多いため、小学校1〜3年生、小学校4〜6年生、中学校1〜3年生という形で3学年ごとにクラス分けをしている。塾では、チベット語以外に中国語や英語、数学の授業も実施する。チベット語チベット族の講師が担当するが、他教科は陝西省にあるボランティア教育グループの講師が担当する。
 チベット語の塾を始めたのは、本集落出身で東部地域にあるチベット仏教寺院M寺の僧侶である。始めた理由は、5集落では普段の学校教育でもチベット語の授業が実施されているが、その水準が低いためである。チベット語の講師は、青海省の大学に通う5集落出身のチベット族の若者であり、M寺の僧侶が彼らに依頼して招請している。チベット語講師の招請について、依頼先となる特定の大学はない。ちなみに、2013年の夏期休暇では、青海省のN大学、Q大学にそれぞれ通う男子大学生2名が講師を担当していた。講師への交通費や謝金などもM寺の僧侶が全て負担している。塾で他教科の授業を始めた中心的な人物もM寺の僧侶である。チベット語以外の教科も進学には必要であり、進学後も授業についていけないのは困ると僧侶が考えたことによる。
 他教科の講師としては、前述の通り、陝西省のボランティア教育グループに所属する大学生たちが毎年招請される。それもまたM寺の僧侶とのつながりによる。僧侶が陝西省にあるチベット仏教寺院で修業した際に、そのグループの運営リーダーと知り合いになった。リーダーは漢族であり、陝西省にある企業の経営者である。そのグループから招請される講師への交通費や謝金は、M寺の僧侶ではなく、リーダーが全て負担している。そのリーダーがボランティアグループを組織し、その費用を負担している理由として、チベット仏教の信者、または寄付による企業の節税対策6)等、いくつかの可能性が考えられる。なお、5集落が共同で使用する小中一貫校の校舎は2004年、省政府によって建てられたものである。普段はチベット族のほか、回族も同じ校舎で学んでいる。

3.分析
3−1.A県西部地域
 以上、西部地域における4集落の事例を報告した。これらの調査結果から連携形成について、以下の特徴が明らかとなった。第1に、いずれの集落も青海省にあるN大学の学生を講師として招請していた。第2に、講師を招請する際、N大学とつながりを持つチベット仏教寺院の僧侶を介していた。B集落とC集落ではI寺、D集落とE集落ではJ寺が、仲介を行っていた。すなわち、講師の招請に関しては、チベット仏教寺院を中心とする「集落−寺院−N大学」という連携が形成されていることが指摘される。第3に、C集落における小学校建設にあたっては、フランスから資金援助を受けるというように、チベット仏教寺院を介さず、それを含まない連携も形成されていた。
 第4に、資金調達に関してI寺での調査から、2011年の冬期休暇以降は省政府が講師への謝金を支給しているが、それ以前はI寺が支給しており、資金は様々な人からの寄付により調達していたことが明らかとなった。J寺の近隣集落での調査では、J寺の資金は豊富であり、それは富裕層に属する北京の人々とのつながりを持つためであることがわかった。また、現在では省政府が支給する場合もあるが、本来は講師の招請において各集落と連携をもつチベット仏教寺院が、その費用についても負担していた。その資金はチベット仏教寺院との連携を通じて調達されたものであり、A県や青海省といったローカルや自民族の枠組みにとどまらず、台湾の漢族や北京の中国人など、地域や国、民族を超える超域的な連携を形成していることがわかった。
 以上、西部地域のチベット族は現在、多様な人々と連携を形成しながらチベット語塾を運営しているが、講師の招請に関わる連携においても、塾の運営資金の調達に関わる連携においても、その中心には西部地域のチベット仏教寺院が存在し、各集落と外部とをつなぐ仲介者的な役割を担っていた。また、それらの連携にはローカルや自民族の枠組みによるものだけではなく、地域や国、民族を超えた超域的なものも含まれていた。さらに、チベット仏教寺院を中心とするローカルと超域の2つの連携に加え、チベット仏教寺院を介さない連携もまた形成されており、西部地域のチベット族は現在、それらを通じて必要とする協力や支援を得ながら教育の充実をはかっていると言うことができる。

3−2.A県東部地域
 以上、A県東部地域の3集落における調査結果から、公の教育機関の夏冬の長期休暇を利用した塾の開講が3集落ともに行われていたことが明らかとなった。ただ、西部地域とは異なり、チベット語以外の教科についても授業が行われていた。また、教育設備の拡充は、F集落とG集落でそれぞれ外部からの支援を受けて小学校の建設や備品の設置が行われていた。こうした塾の運営や教育設備拡充のための連携形成は各集落で異なっているが、いくつかの特徴を指摘することができる。
 第1に、東部地域や青海省内のチベット仏教寺院を介してチベット語の講師が招請されていた。また、招請される講師はN大学、Q大学という青海省にある大学の学生が主であった。第2に、A県や青海省というローカルや自民族の枠組みにとどまらず、多様な人々と超域的な連携を形成していた。K寺やM寺の僧侶もまた、他省の大学や漢族の団体と連携を形成し、講師の招請や運営資金の調達を行っていた。さらに、F集落とG集落では小学校を建設するにあたり、中国のキリスト教系財団やアメリカ合衆国に本部を置く財団から支援を受けており、それぞれ財団を通じてではあるが、異なる宗教や国との連携形成も見られた。第3に、インターネット通信を積極的に利用することにより、チベット仏教寺院を介さずに、多様な人々との連携形成が可能となっていた。
 これらの特徴から、東部地域のチベット族による連携は次の3つに分けられる。すなわち、チベット仏教寺院を中心とするローカルな連携、チベット仏教寺院を中心とする超域的な連携、そして、チベット仏教寺院を介さない連携である。東部地域のチベット族はこれらの多様な連携を通じて支援や協力を得ることにより、教育の充実をはかっていると言うことができる。したがって、東部地域においても西部地域と同様の連携が形成されていることが明らかとなる。

4.おわりに
 中国青海省A県のチベット族における教育の充実と連携の形成に関する調査から、チベット族が形成している連携は多様であり、そこに関わる人々もまた多様であることが明らかとなった。なかでも注目すべきは、ローカルや自民族といった枠組みを超えた連携の形成である。とくに東部地域ではインターネット通信を積極的に利用することにより、西部地域以上に多様な人々との超域的な連携が形成されていた。これは、教育のレベルや教育設備に関して解決しなければならない問題が、東部地域に多いということを示すものである。
 また、東部地域の塾において他教科の授業が積極的に実施されていたことから、A県のチベット族が、現代中国における少数民族と教育という大きな問題に直面していることが伺われる。杉村(2012:216)は、中国では教育が「社会的に不遇な立場から抜け出すために有効な手段」としてみなされ、その状況下で少数民族もまた「母語教育を大切にする一方で、社会的上昇手段として漢語や英語教育を従来以上に重視するようになっている」ことを指摘している。M寺の僧侶が、チベット語以外の教科も進学には必要であり、進学後も授業についていけないのは困ると考えたのも、こうした問題を視野に入れてのことであろう。東部地域における多様な連携形成の背景には、こうした問題が存在することを指摘できる。
 また、西部と東部の両地域でチベット語の授業が塾で実施されていたが、そのために形成される連携では、チベット仏教寺院が中心となり、なかでもチベット族だけで充足させるのは困難な運営資金の調達に関して超域的な連携が形成されていた。長期休暇を利用してチベット語を塾で教えるという活動の目的は、チベット語チベット族の伝統文化、さらにはチベット族そのものを存続させることにある。しかし、塾の運営に関わる連携を見れば、その存続を現在支えているのは、もはやチベット族だけではないことが明らかになる。ローカルや自民族における連携を補完するように、超域的な連携が機能することによって、塾は成立している。そこではチベット仏教寺院を中心とするA県チベット族による伝統的な連携と、地域や国や民族の異なる人々との新しい連携とが共存している。
 今後、A県のチベット族をとりまく教育問題が変化するとともに、教育を充実させるための連携も変化していくことが予想される。そのとき、どのような要素を新しく取り入れながら連携は新たな形へと変化を遂げるのであろうか。グローバル化をますます推し進める中国において大変興味深い問題であるが、これについてはさらなる調査・研究が必要となるであろう。



1) A県だけではなく青海省全体の問題であり、例えば教師の不足により公的な教育機関で英語の授業を開設できない事例のあることが報告されている(新保 2011:47-48)。
2) 『青海省中长期教育改革和发展规划纲要(2010−2020年)』の「11.民族教育」。
3) 台湾では、教育、文化、公益、慈善に関する組織や団体への個人による寄付は、その年の所得総額20%以内の部分が控除可能となる(個人については『所得稅法』の「第17條二-(二)-1」、企業については同法の「第36條」)。企業による寄付もまた、10%以内であれば控除可能であるが、中国本土への寄付の場合は行政院大陸委員会の許可を得る必要がある(『營利事業所得稅查核準則』の「第79條-(四)」)。
4) 中国では、近年、北京オリンピックや上海万博という国を挙げての大きなイベント、また、四川大地震などの災害を通じ、一般市民の間でボランティア熱が急速に高まった(薛 2010:73)。その一環として、大学生が夏冬の長期休暇を利用し、国内の貧困地域の子供たちに勉強を教えに行くというボランティア活動が広がりを見せている。そうした活動を中国語で「支教(zhijiao)」と称し、CTA(中华支教与助学信息中心)や支教巴など、大学生のボランティア講師を募集するサイトがインターネット上に多数開設されるようになった。しかし、薛(2010:73)によれば、こうした活動は民間や個人により自発的に行われているわけではなく、「主に国家的・組織的な活動であり、政府の政策、党の方針を受けて実施されている」。青海省を含めた西部地域については、すでに2003年から大学生ボランティアを利用して当地域の教育や医療、衛生等の改善を試みる政策が、中国共産党青年団の主導のもとで実施されている(『大学生志愿服务西部计划2003年实施方案』)。こうした政策において、少数民族の漢族への同化を促す狙いの有無は明らかではないが、全く無いとも言い切れないであろう。
5) G集落と同様、小学校建設の支援を受けた集落が他にもある。また、青海省の大学に通うチベット族学生に対する金銭的な支援等も行っている。
6) 中国では、企業による公益的寄付金としての支出があれば、年度利益総額の12%以内の部分が控除可能となる(『中华人民共和国企业所得税法实施条例』の「第五十三条」)。個人においては、申告した納税金額の30%以内の部分が控除可能となる(『中华人民共和国个人所得税法实施条例』の「第二十四条」)。

付記:本稿は平成23−25年度科研(JSPS 23320188)による研究成果の一部である。

参考文献
A县地方志编纂県地方志委员会编
1993.『A县志』,陕西出版社。
陈庆英主編
2004.『中国藏族部落』,中国藏学出版社。
三橋秀彦
2011.「グローバル化に直面する中国民族語教育−双語教育改革の現在−」,『亜細亜大学国際関係紀要』,20(1/2):337-354。
新保敦子
2011.「現代中国における英語教育と教育格差−少数民族地域における小学校英語の必修化をめぐって−」,『早稲田大学大学院教育学研究科紀要』,21:39-54。
杉村美紀 
2012 「中国おける教育格差の連鎖と重層化」,『東洋文化研究』,14:215-241。
上原周子
2014.「中国青海省A県におけるチベット語教育の現在−チベット語塾開講の事例を中心に−」,『チベット学会報』,2:1-12。
薛迪
 2010.「中国の大学生に見る援助規範意識の特性とその規定要因−ボランティア活動に着  
     目して−」,『Proceedings』,12:73 -80。

参考URL
青海省中长期教育改革和发展规划纲要(2010−2020年)』
 http://www.jyb.cn/china/gnxw/201009/t20100923_390109.html
『CTA(中华支教与助学信息中心)』
http://www.cta613.org/
『支教巴』
http://tieba.baidu.com/f?kw=%D6%A7%BD%CC&fr=ala0&tpl=5
『大学生志愿服务西部计划2003年实施方案』
http://xibu.youth.cn/zcwj/200904/t20090402_887668.htm
『所得稅法』
http://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?PCode=G0340003
『營利事業所得稅查核準則』
http://law.moj.gov.tw/LawClass/LawSingle.aspx?Pcode=G0340051&FLNO=79#
『中华人民共和国企业所得税法实施条例』
 http://www.chinatax.gov.cn/n810341/n810755/c1223007/content.html
『中华人民共和国个人所得税法实施条例』
 http://www.88148.com/Info/201409282757.html

Ⓒ2016 TSA